日月には「二二」(フジ)って重要なキーワードが出てきます。
なんだか「四」を牽制?してるように見えるのは気のせいなのか?
ストレートに「四」と書かないで、あえて回りくどく表してるのが
ひとつ飛ばしの「三 五教」足したり掛けたりの「二二」に見えてしまいます。
その理由がなぜなのかは「知らんけど」って感じですが。
そういえばドレミは全音なのに、ファになると半音上がりですよね。
それと関係してるような?(全く無関係なような?、笑)
向こうの魔方陣ブログでは、
2+2=2 × 2
0+0=0 × 0
みたいな式で「0」と「二二(=四)」との関係を、自分なりに推理
してました。だとすれば、回りくどい「四」と、日月の◯一二三の「◯」
それらも何らかの関係があるのかもしれません。
なぜかいまさらインコ真実教を思い出してます。
ソ連や北、CIAなどなど役者が勢揃いだったらしいですが、
これをあくまで国内問題と解釈できないのか?
それは20世紀からボンヤリ考えてた妄想でした。
例えば、このブログでも時々書いてる東西問題(戦争)とか?目に見えない世界からグイグイ押してくる「西」に対する、
暴力的とも言える「東」からの反撃だった?なんて考えてるアンポンタン
です(^^)
ちょっと長いですが、ネットから引用
堺屋メモ 3 経済の東京集中政策
ちょっと長いですが、ネットから引用
堺屋メモ 3 経済の東京集中政策
昭和43(1968)年に日米繊維摩擦が起こります。
これは国際問題だから国が交渉しなければならない。
アメリカは日本の繊維品輸出を自主規制するように
主張しましたが、その限界の数量をどうするかが決まらない。
ところが通産省は、対米交渉するには大阪の繊維団体が
東京へ移転することが先だ、という条件を出しました。
当時は通産省には繊維局があり、局長は三宅さんという人
でしたが、「敵は米国にあらず大阪なり」と断言したものです。
当時の宮沢喜一通産大臣の在任期間には解決できませんでした。
ようやく次の田中角栄通産大臣になり、宮崎輝さんという当時の
旭化成の社長が「800人の職員をいっぺんに移せといわれても
住宅も手当てできないし、コストもかかるから、紡績や化繊、合繊、毛織物などいろいろな団体の上に、屋上屋を架すような繊維工業連合をつくって、その本部を東京へ置き、私がその会長になって三田のマンションに住みますから、何とかアメリカと交渉してください」ということで決着しました。しかし、その後も通産省は圧力をかけ続け、いまや繊維工業団体の中で大阪に本部事務局が残っているのは、紡績協会ただ一つ。あとは全て移転しました。
同様に名古屋にあった陶磁器工業会、京都にあった伝統産業振興会なども東京に移転することを強いられました。
僕にはこれが東京一極集中の一環に見えなくて、東西の対立に思えて
仕方ありません。100%が東西問題に由来してるとは言いませんが、
一部だとしても堅く結晶化した争いが存在したんじゃないか?
そのせいで「西」の薄暗い“感情”はどんどん蓄積されていったと
想像しています。
“蚊帳の外で” 交渉を眺めてたアメリカさんは「仲悪っw」と
思ったかもしれないし、
「これが1000年単位で続く東西戦争か・・・」と興味深そうに
見物してたかもしれないし?
それはインコ事件でも同じように、世界各国が・・・?
少なくても「幕府にフランス・維新軍にイギリス」は今でも
日本に影響を与えてる気はします。
それを「アイドルソングから見抜きました!」なんて書いたら、
笑われてしまうんでしょうね(笑)