そんな論争が繰り広げられたり、繰り広げられなかったりの
今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか。
僕は疑い深い人間なので、ちゃっぴー野郎もジェミニ野郎にも
距離を置いてるというか避けて通ろうとしています。
(「(みなさんハリウッド映画、観たことないのかな・・・)」)
ほぼ全ていつでもどこでも、アイツラはろくでもねえ野郎です(笑)
でもこの現在進行系の世界に「いつか見たデジャヴ・・・?」を
感じちゃいけないのだろうか?なんて思ってみたり。
(該当する記事は消しちゃったかもしれませんが)このブログでは
筒美京平大先生をおだてたり持ち上げたりしてます。
基本、嫉妬深い人間がそんな行為をしても大丈夫なのは、大先生に
いつもついて回る「しょせんパクリでしょw」ってレッテルの存在を、
僕の深いこころの一部が認識してるからかもしれません。
そんなちょびっと悲しめな天才先生ですが、彼さまに生成AIの萌芽を
発見するのはトンチンカンな思いつきなんでしょうか。
「なんだよこの答えw、全然間違ってるし」というトンデモ解答を
時にはやらかすAIちゃんですが、そこに面白みを感じてあえてそれを
楽しんでる人間すら居ます。
僕は「この海外の曲を下敷きにして、筒美京平がこの曲を作った」
って聞いても、その二曲を聴いても、「ぜんぜん違う曲じゃないの?」
と思ったことがあります。上記のAIも同じことをしてるだけなのでは?
しかし京平ソングもAI解答も、そこに「面白み・楽しみ」を
こっちサイドが感じることがとても「重要」なポイントなんでしょう。
僕たちと同じ空間にある楽器や人間を使って奏でられた音楽を、
「電気の箱」を通して、レコードやCDに記録していたはずが、
例えば「YMO」は電気の箱からダイレクトに音楽メディア(記録媒体)を
取り出していました。
少なくとも音楽の世界では「とっくの昔に」だった世界が、
ほぼ全ての分野を覆い尽くそうとしてる様子に慌てふためいてるだけの
時代遅れが、自分を含めた多くの人間なのかもしれませんね。
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大先生のお墓参りもするらしい後輩作曲家が
「あなたようやく自分の節(メロディ)を見つけたんだね」と
生前に筒美京平さんから最期の声をかけられたと話していました。
たぶんおそらく「筒美節」も確かに「有りて在る」んでしょうが、
素人さんの僕がいくら聴いてもその部分に気づかない「繊細」?
「わかる人だけにわかればいい」
というミュージシャンエリアがあるのかもしれませんね。
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と、
ちょっとイイ話で〆ようと思いましたが、僕の中の悪戯なナイトドールが
ムクムクと起き上がってきましたよ?(笑)
あるヒット曲のWikiの下にあった「脚注:出典」リンクから、
そのミポリンソングをずいぶん情熱的に考察pdfに行き着いたんですが、
短く要約すると「それまで長く参考にしてきたモノを先回りして」
「とうとう追い越してしまったのではないか?」と有りて在りました。
人類って種族の近未来・遠未来が
ツイてたの?(ノッてたの?、笑)
筒美京平大先生?