2026/02/09

(青い)美しい星のヅカ

金井南龍経由で知った車小房おばあちゃまの「肝川神啓」
そのYouTube動画を(いつもありがとうございます)観てたら、
70種類の神さまの一覧表が載ってた。
個人的に注釈やカラーリングを加えたのが上記の図だけど、
緑が地系の神 赤が天系の神 そして青がその中立とされる神らしい。
この神々のどれかが人間ひとりひとりを守護してるというのが
小房おばあちゃまの神示に書かれた主張みたいだ。
この神示の天系・地系を、日本神話の天つ・国つにスライドさせても
大きくは間違ってはいないと思われる。

僕が見て感じたのは「ずいぶん天系の神が多いなあ」って印象だった。
確か南龍氏も「天系を継いでる天つ系の人間はかなり少ない」って
言ってたのに、神さまだとこんな多いんだなあと思った。

その疑問をムクムクと大きくさせて、個人的勝手にこの神示を、
兵庫のタカラの「ヅカ」に例えてみれば、
「便宜的に」天系を「男性」地系を「女性」と例えてもいいのなら、
肝川神啓的な世界の男性も女性も「実はどちらも女性?」
舞台の演出や脚本家や会社の経営は(よく知らないけど)男性が多そう
だと想像できる。つまりそちらサイドが本当の意味での「男性」?
さっきの一覧表のカラーリング的には「も女性」EQUAL国つで、
厳密に言えば「青の中立的な神しか男性」 EQUAL天つは存在しない
のでは?という毎度毎度の勝手勝手な思いつき(笑)EQUAL妄想になる。

数冊しか読んだことないミッシーマの小説「美しい星」だけど、
ざっくり言うと「いい人」「悪い人」が出てきて、それが天つ国つに
分類できるのでは?と以前に書いた記憶があるけど、それは肝川神啓
では成り立つ世界観だとしても、今回の「ヅカ理論」だと男装の女装の、
結局はどちらも女性という地系が演じる、国つの夢芝居?
小説ではなんかフワ~ンとした感じの金沢の男性が現れた記憶が
あるけど、あれが本当の意味での天つ男性(その成れの果て?)
だったのかもしれぬが、今ひとつ確信は無し。

普通サイズの人間がミッシーマを簡潔に(いかにも俗っぽく?、笑)
表現すれば「アイツは男の中の男を目指してたんだぜい~」ってことに
なるのだろうか?なぜかそんな気がする。
日本神話ではとても便利な「別天つ」って神様(言葉)が在るけど、
ミッシーマの目指したエリア「男(天つ)の中の男(天つ)」という
「別天つ」から見たら、その下に広がる天つも国つも同じようなもん 
という(どことなくニヒルな?)特な視線があの小説の裏テーマ
としてコッソリ読み取れないだろうか?

豪雪の中、どっかのマヌケなオバハンが開催した寒い選挙2026も
いい人悪い人に判することなく、の視線から眺めてみたいもの
だが、僕には無理そう(笑)せめていい夢悪い夢に溺れることなく
客観という第三の?(クールな青い?)視線は持ち続けていたい。