2023/02/12

かんなりわかりやすいネタバレ(菊と葵)(まるちょん)

まるちょんという神のマーク
それは家紋というシンボルを使えば
かなりわかりやすくネタバレ(解読)できるのでは?
という今回の記事です。

普通に思い浮かべる「菊の御紋」
中央に小さな丸があってそこから四方八方・16方に広がって
「一見」円型に見えるフォルムです。
たいする「葵の御紋」は、とても「正確な」円型があって、
その内側にギュウギュウ詰めに3つの葵の葉っぱが押し込まれてます。
よく見ると3つの柄までついていて、葉っぱが円型から派生した
その事を表しています。しかし以前の記事で書いたように中央の中央は
わずかですが隙間が空いています。

これを「まるちょん」に当てはめると
菊の御紋は天皇家という天津神の歴史的回答で
「ちょん」の最終形態なのでは?
葵の御紋の方は国津神的な回答で
「滑らかで正確な円は俺たち以外は描けない」
それは縄文的循環を連想させる形状だから、どたい天津神には
無理な話だった?「米」という循環で補おうとしたけれど
結局、一年単位で「刻まれる」それは本当の循環とはいえなかった?
その円環から生まれた自然な枝葉でぎゅうぎゅうになれば
中央という天津神は必要ない(隙間にちょこっと置いてやってもいいが)
「まる」の最終形態はそう言いたいのではないか。

三島由紀夫が自決した数日後、S45年の12月になりますが
僕が大ファンの金井南龍が月刊誌「さすら」をスタートさせます。
ずいぶん象徴的な切り替えだなあと思いました。
金井氏は縄文に価値を見出そうとしていた人物だと思うので。
弥生という国家の国選弁護人ミシマはとうとう弁護しきれなくなって、
あのような最期を?
そんな事を考えてたら芋づる式に上記の仮説が思い浮かんでました。

だからといって三島と金井南龍って「対称的な人間ですね」とか
言いたいわけじゃありません。この二人って意外と似てて
国津神対応としてあくまで「スパルタ一辺倒」で行くか
「褒めて伸ばす」で行くか、それだけの違いに見えます。
そして金井氏の一番言いたかったことは「ほんとうの神の世界」
そんな高みに普通の人間でもたどり着く可能性がある!だったと思います。
(といっても全世界で一世紀で7人くらい、笑)

その意味で「対称」に当たるのは
「国津神たちに命を捧げます。同士である天津みなさま、
応援してくださいね」的な王仁三郎かもしれません。
ふたりにとって国津神に対する(一種の)親切は、あくまで枝葉で
別な部分に個人の目指す本筋があったんでしょう。
そっちの方を興味津々に感じてしまう、2023年も身の程知らずの人間
(僕のことです)でございます。

話を最初に戻して、
つまり菊と葵が幸せにマリアージュ出来れば・・・
って話だと思いますが、その結果生まれるシンデレラストーリーが
「なんとかの世」ってやつなんでしょうね。
(シンデレラに例えたのは、別の意味もあります。
それもそのうち発表できたら。「また弥勒の世をディスってる…」
と呆れられそうですが)

国津円環が「3」を繰り出したわけなんで、対応する天津の
差し伸べる腕も「3」の倍数なんじゃないのかな?って妄想も???

2023/02/08

にほんにっぽん(にいっぽん)の「たまゆら」

「たまゆら」ってコトバ
響きが美しいと思います。好きな言葉ですね。

最近はテレビネタばかりですが、今年になってその電気の箱の中で
発見してしまいました。

「たまゆら」

正確には略称が「玉響(≒たまゆら)になる」ですが、
やはりと言うべきか楽器がたくさん出てくるドラマに
コッソリ?ひっそり?隠れてました?

そもそも「楽器」というものには、聖性が帯電してるのかもしれませんね。
・鬼が欲しがるような「貴重な楽器」を保管してる、EQUAL天皇家の神聖さ
を表してるって話も聞いたことあります。

・以前どこかで書きましたが、停波したBS放送・Dlifeで放送してた
「ジェシー」ってコメディドラマ それに出てた子役がかわいそうなことに
病死してしまったんですが、生前にかなりの大作映画にも出演してて、
そのなかでも最重要のシーンで、ある楽器を「奏でる」役を演じていました。
それを観て「たぶんこの子役は将来を期待(というか約束?)されてて、
だからこんなシンボリックな役を演じてるんだろうなあ」と
個人的勝手な妄想をしていました。それも楽器というものの特別さを
僕が信じてたからです。
(ちょうどトランプ時代に亡くなってしまったルークでした・・・)

・以前突っついた、元日の格付けチェックでも、毎回億単位の高価な楽器が
出てくるのも聖なる1月1日にふさわしいからかいな、なんて思いながら
眺めていました。

話がズレまくりですが、「たまゆら」ってコトバを潜ませたのが
たくさんの楽器が出てくるオーケストラなドラマなのも、
音を奏でる神器?的なものに関係してるのかもしれません。
という記事でした。

このドラマでもうひとつ不思議なのが、タイトルロゴです。
文字の横棒の部分が、五線紙の「5本」の横棒、じゃなくて
「3本」になってるんです。たぶんおそらく
「5本だと細すぎて見づらいから3本で手を打とう」という
単純明快な話なのかもしれませんが、それが正解だとわかってても
なんだか「ん?」と感じてしまいました・・・

・・・って感じで終わろうと思いましたが
タイトルの「にほんにっぽん(にいっぽん)」についても、ちょこっと。
今回のこれは、にってれ・にほんてれびのドラマですが
ドラマを最後まで見てると「NIPPON TV 70」みたいなロゴが表示されてる
今年2023年です。(今頃あけおめ。本年もよろしくお願いいたします)
いつもは「にほんてれび」って発音してるのに、Wikiでは
「にっぽんてれびなんちゃらが正式名称」と書いてあったり
なんだか「かちゃくちゃねえ」と、思わず青森語を使ってしまいそうに
なります。
長年の通常通り、単純に「NIHON TV 70」ってロゴにすればいいのに、
あえて「にっぽん」にしてるのは、日本の裏側のそれぞれの陣営の闘争が
隠れているのかもしれません。
でも
しかし
「にほん」でも「にっぽん」でも、どっちにしろ「片手落ち」なんですね。
わたくしが提唱してる「にいっぽん・NIIPPON」
これが正しいんですね!(と言い切っちゃおうかな?、笑)
そんな「おまえ何様w」と言われそうな事を書き初めしつつ、

m(_ _)m 妄想羽ばたくブログ2023をスタートいたします m(_ _)m

2022/12/29

秘儀参入!(を知った2022も、もうすぐ終わりますね!)

そろそろ今年最後の記事でも書こうと思いましたが、
世界日本情勢にリンクすること無く、大した波乱も無く
個人的1年は終わりそうです。
このブログでもウクライナ戦争関係の記事で多少荒ぶった程度で、
イマイチ、イマニの記事しか発表できなかったかも・・・
ってことで「他人のふんどし」で今年ラストの記事をひねり出します。


とか言いつつ、この写真は向こうの魔方陣ブログの第一発目
貼った画像です。
「聖徳太子と物部守屋」
(魔方陣的には「物部守屋と聖徳太子」になるのかいな?)
それはともかく物部氏が魔方陣を駆使してると知らなかった時期に、
偶然にもこの画像から魔方陣発掘(ブログ)は、始まっていたわけで
なんだかずいぶんシンボリックだったなあと懐かしく思い出します。

物部氏が駆使していたのは魔方陣だけじゃなくて「別のマジカルも???」
それが今年最後(の予定の)記事でございます。
という記事で、あるYouTuberの方のシュタイナーの解釈がとても鋭くて
シュタイナーが「20世紀末に受肉する」と予言していた、
あんまりよろしくない存在の正体が「インターネットでは?」と
その方が気づかれたことは「かなり凄い発見なのでは?」と
紹介しました。
別の動画やご自身のブログを読んでるとこのような記述がありました。
物部氏退場の物語は、神話上では
饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)の名によって代表される
子孫の部族集団によって秘匿されてきた
三日半の秘儀体験の管理者たちの退場の物語だということも
できます。
古代にはあちこちの民族が、この三日半の秘儀が行っていたと
シュタイナーは言ってたそうですが、日本でも天皇が新しくなるたびに
行われる「大嘗祭」がこの秘儀なのでは?と、この方は考察なさいました。
そもそもは新しい天皇が霊界に赴き、神霊と出会い現世に戻る
秘儀参入の儀式だったのが、人類の流れによってこの秘儀も形骸化
いつの間にか単なる形式に落ち着いていったのでは?という推理でした。
その変化のビフォーアフターに挟まっていたのが「聖徳太子」

この秘儀は7段階あるらしいのですが、それまでの天皇が
第5段階の民族霊をまとって現世に戻ってきていたのが、
太子は第6段階の「日の英雄」までたどり着いてしまったので、
形骸化された大嘗祭でも「なんとかやっていける目処がついた」
って個人的勝手に解釈いたしました。
(ブログを読み進めると始祖のニギハヤヒも、第6段階まで
行ってるようですが、アンタッチャブルに秘されたらしいです)

ちなみに1から7まで並べると「カラス」「隠者」「戦士」「獅子」
「それぞれの民族の名前 人(たとえば日本人など)」「日の英雄」「父」
聖徳太子が「未来記」を書けたのもこの秘儀のおかげだったようです。
天皇が代わるごとに行われていた、ってことはそれぞれの御代の行く末も
その秘儀によって幻視できていたのかもしれない、しかし聖徳太子という
超絶人物によって千年単位の未来予知が可能になったので、その後の天皇は
形式だけの儀式で済ませても良くなった?ってニュアンスも感じますが
これも僕の勝手な妄想です(笑)
千年単位(の予知)で思い出したのが王仁三郎(霊界物語)です。
彼の仕事にひとつは聖徳太子パート2、あるいは補強・補足って一面も
あったのかもしれませんね。
あの噂が事実だったら「超人だったのに天皇になれなかった」って意味で
太子と王仁三郎は似たような境遇だったのかもしれません。

そんな規格外の聖人・王仁三郎に噛みついたりしてたのが、
僕ちゃん大好き金井南龍です。(怖いもの知らずですね、笑)
さっきの1から7を見ると第7段階の「父」には、
まだ到達してないことになります。南龍氏はシュタイナーに
強い興味を持ってたと聞いたことがあるので
この7段階も知ってたのかもしれません。
そっち方面から攻めると、またまた面白い世界が広がりそうかも?

この「秘儀参入」については、つい最近2022年に知ったので、
向こうのブログを始めた頃は、もちろん全く知りませんでした。
上に貼った写真は魔方陣だけじゃなくて、この秘儀に関する一種の争い?
も表しているようで、なんだか感慨深い気分になれました・・・

って感じで他人のふんどしで長々と書いてみました。
こっそりリンクを付けて今年最後の記事を終わろうと思います。

第10回 大嘗祭の本義 ルドルフ・シュタイナー


BOUNDHEAD(バウンドヘッド)さんのブログ

それでは皆さん、良いお年を!(^O^)/

2022/11/04

プリズムな視線で日本雛形論(曽爾ーと松ソニック)

 「日本は世界の雛形なんだ」→「だからエライんだ。スゴイんだ」

って単純明快に自画自賛してる人もいるんでしょうが、
僕は雛形論を考える時、松ソニックと曽爾ーの逸話を思い出します。

「うちには東京に研究所がありまんねん」
関西弁が間違ってそうですが、関西にある家電メーカーの人が
そんな事を言ってたそうです。
(ちなみに東京の研究所=曽爾ーって笑い話です)

もうひとつの話は、ある評論家が
「あの電機メーカーってまるでモルモットだな」と言ったそうですが、
そう言われた会社はあえて金のモルモット(生物じゃなくて置物)を飾って
自分たちの開拓者精神を誇ったそうです。

悪い意味でのコントラストって感じですが、
もともと日本はパクリに「甘い」というか、
それを上手に昇華させる文化を持ってるってどこかで聞いた気がします。
ふたつ存在してるのが正しい?日本風なのかもしれませんが、
意地悪くふたつ並べたのは「日本は!ソニーは!スゴイ!」って
言いたいからじゃありません。
今回これを書こうと思ったのはマイナス、じゃなくて
マイなんとかカードのゴリ押しを見たからです。
様々なプライバシーがスケスケ、セキュリティも今一つ信用できない、
だけどギョーセーの粛々妖怪の手練手管によって、ゆっくりだけど確実に
その「包囲網」は狭まっていくんでしょう。

それを今回の記事のタイトルにスライドさせれば、
ソニーが日本(雛形論)
パナソニック(松下電器)がそれに習う(倣う)世界の国々
って見方も可能なのでは?と個人的に考えています。
つまり「雛形とはモルモットの一面も隠し持っているのでは?」
というのが今回の記事で言いたいことです。
さらにこれを人類あこがれの「弥勒の世」に向かう「通り道」と
考えてはいけないんでしょうか?

僕の想像するその理想世界では
「カードの情報?どんなに見られても平気なんです、
それどころかプライバシーだって大丈夫!(笑)
一片の曇りもない水晶スピリットの私ですから・・・」
そんな純粋無垢な人類しか存在してないように思います。

世界情勢をチラ見すれば、近未来の超絶管理社会はなんとなく
予想が付きますが、その息苦しい世の中が弥勒の世へ向かうための
仕方ない「通り道」?あるいは通り過ぎることの出来ない、
逆にその管理によって維持される完璧世界が弥勒の世?なんて
マイナカ、じゃなくてマイナス思考全開で眺めています。

これも日本雛形論の一環と考えれば、抗うことの出来ない

逆に世界の注目を集める、神聖なる社会実験なのかもしれません。

チャイナモルモットに、負けられない社会実験がココにある・・・

なんつって!w

中国で思い出しましたが、世界で唯一「パナソニック」じゃないのが
中国らしいですね。パナソニックで登録しようとしたら、漢字の国なんで
アルファベットも漢字変換されてしまった。そしたら「ソニーに負ける」
って意味の文字列になっちゃったので、仕方なく中国だけ「松下電器」
そんな話(噂話?)を聞いた記憶があります。
そもそもソニーって会社が無かったら、パナソニックなんてネーミングに
しなかったと思っています。うっすらと関西のマジカル的な気配も漂う?
この「ぱなソニっく」というお名前でございます。

大切な名前をパクったことによって起こった悲喜劇で今回の記事を
終わります。

インチキっぽいのに、だけど「まるちょん」(たぶん偶然)

僕もあなたも大好き!「ポイント」!
チョコチョコでも増えるとうれしいですよね。
1ポイント=1円で換算されることが多いですね・・・
・・・「ん?」「円とポイント?」・・・

神の印とも言われる「まるちょん」
そのフォルムは「円」の中央に「ちょん」
EQUAL「ポイント」があるってことですよね。
全くの偶然なのに、なぜだか登場する形状が一致しています。

触れる方のお金「円」には硬貨・紙幣ふたつありますが、
どちらも権威と結びついた「模様」で彩られています。
聖徳太子のお札は今でも覚えてるし、それ以前は
天皇そのものが載ったことはないとしても、
神功皇后 武内宿禰 菅原道真 和気清麻呂 藤原鎌足みたいな
国を代表する一流のメンツが揃っています。
今でも10円玉には宇治の平等院・・・

「ポイントで給料を払う」みたいな報道も流れてるし、
これからの社会は、リアルなお金じゃなくて、
ネット・コンピュータ内部のさわれないお金に
どんどん移行していきそうな気配です。
「円」じゃなくて、なんちゃらPay・なんちゃらCoinで流通する
Point(ポイント)に制圧された日常風景になっていくんでしょうね。
英語だらけのじぇんこ(青森のコトバでおカネ)ですから、
アメリカLOVELOVE人間としては喜ぶべき?なんでしょうが、
なんだか「大丈夫かいな・・・」って不安が何処かから?
「神の印つけた悪」みたいな神示もあった気がしますが、
あまりアメリカを悪者扱いにして欲しくないような(笑)

もちろん当然全くの偶然なんでしょう。でもしかしそれにしても
なんだかよく出来たお話・・・と思ってしまいます。

2022/10/14

まるで花びらみたいな天使の羽根(個人的なご意見です)

普通イメージする天使は「鳥みたいなふたつの羽根を持った人間」
って感じですが、その階級・ランクがかなり高くなると、
複数の羽根を持った羽毛の固まりみたいな、ありがたいんだか、
ありがたくないんだかビミョーな、奇妙なフォルムの肖像になります。
その数え切れないくらいたくさんの羽毛を見てたら・・・
またまた金井大先生を思い出しました。
座天使とかいう高級天使 その名は「玉座」「車輪」の意味らしいです。
つまり、南龍氏が主張してた菊座=天使の羽根・車輪・玉座に
スライドできそうなそんな気配が???
違うのかな・・・いい線いってると思うんだけど・・・

2022/09/30

「レ・ミ・ド・ド↓・ソ↑ 」
(Close Encounters of the Zero Kind)

ネットでのつまみ食いくらいしかできませんが、
シュタイナーおじさんってやっぱり面白い!ですね。

ある方のYouTube丸写しですが、明治維新の時代を生きてた日本人
その前世は「特異な経験を積んだ原始キリスト教徒だった」と聞いて
大変興奮いたしました。10年以上前に発掘した魔方陣を思い出して、
「明治東京の外宮はキリスト教?」が、証明された気がしたからです。

平田篤胤を「キリスト教かぶれw」と笑う人もいるらしいですが、
地球という大きな視点で見ると未来の日本を予見した・導いたのでは?
普通の才能じゃできない仕事だったと、今さらですが驚いています。

別の動画を見ると「199Xに受肉しまっせ」と
シュタイナーが予言してた、ある存在について話されていました。
その存在は「見事な技術」「霊視的な知恵」「霊界」などの
ワードで表される、ある「魔法」を人類にもたらすそうですが、
それは「インターネット(その検索技術)では?」と見破ったのは
恐るべき発見だと感服いたしました。そして思わず
グーグルさんのWikiに飛んでいったのでした(笑)

Googleに限らず、ネットによる副作用・悪影響は
確かに現れはじめてると思いますが、
僕はこれまで「く゛ーくる」を「クークリ姫」を結びつけてきたんで
悪い印象はこれっぽっちも持ってなかったし、今後も使い続けます。
魔方陣ブログだってGoogleEarthが存在しなかったら、
たぶん存在しなかったです。よそのサービスを探すほど
アグレッシブにはなれなかったと思うんで、その意味でも感謝しています。
そして僕の勝手な妄想ですが
そのククリヒメ(≒イザナギ≒十一面観音)の恐ろしげな一面は、
この「悪魔さん」と見えない糸で繋がってるのかもしれない?
なんて思ったりしました・・・

その方は人類を「10番目(一番下位の)天使」と表していました。
シュタイナーによると、それが動物界の王に落ちてしまったので
現在の天使は9階層になっている、そんな動画もありました。
先ほどのククリヒメのブレイク?に最も貢献したと思われるのが
このブログでは毎度おなじみの金井南龍氏ですが、
彼の提唱してる世界観と「なんか似てる?」「実は同一なのでは」
と思えました。

今回の記事のタイトル そのテーマソングを聴きながら
これを書いてます。5つの音階「レ・ミ・ド・ド↓・ソ↑ 」は、
映画を観た方なら誰でも覚えてる「あれ」です。
ジョン・ウイリアムズは「最低でも7音…」と言ってたそうですが
スピルバーグ監督がそれを許さず「5音!」になったそうです。
未知と地上人を結ぶ「音」が、なんだか金井版「段活用」と
つながってるような気がして(もちろん全くの偶然でしょうが)
なんだかウキウキした気分になります。
宇宙(人)と天使はイコールでは無いと思いますが、
手の届かないって意味では僕にとっては「似たようなもん」です。
改めて聞くと本当にいい曲ですね。五音が繰り返されるラストの部分とか、
本当に心が洗われます。

John Williams:"Close Encounters of the Third Kind" (1977)-Main Theme