的なビデオメッセージを発表した時、それを観た誰かが、
たぶん日本の人が「完璧なライティングの動画 それと比べてw」と
苦笑のツイートをしていた。
比べられて苦笑されたのは当時の総理(そのスタッフ)だった。
確かに「ケータイで撮っても、もっとマシな映像になるのでは・・・」
と思うような、ボンヤリ薄暗い映像で画質もザラついてみえた。
どこか狭い部屋?みたいな場所からいつもながらの情けない表情で
心のこもっていない棒読みメッセージを送っていたのを笑っていた
んだろう。
だけどあの映像こそ、この人物を「人気モノ風にしてるのでは?」
若干感動しながら僕はそう考えていた。
あれを見て「アベさん!どうかコロナから私たちを救って!」
とすがりつく人はいないだろう。威厳あるエリザベス動画は
下手すると王族自体が失敗の「泥」をかぶる危険をはらんでるけど、
対称的にアベプロちゃんは極めて巧妙にその責任を回避していた。
「のれんに腕押し・ヌカにクギ」なアキラメ気分を視聴者(国民)に
与えることにも成功していた。
だけどアベちゃんクラスターは絶大な権力を保持したまま、
それを手放すつもりはさらさら無い「無責任なのにやりたい放題」
そんな無敵の人に憧れてたのが、いわゆる安倍信者って人々だった?
なんて妄想しながら「この内閣の奴らって薄汚えなあ」と思うより、
そのきめ細かい「緻密さ」に軽い感動を覚えてた。
今思い返すと、そういう意味でも、理論的に間違ってるかもだけど、
巧妙な彼らが「裏返してひっくり返したユダヤ人」って気がしてきた、
なんとなくイメージするいわゆる「ユダヤ」の点対称のネガポジに
見えてきました、というのが今回の記事でございます。
以前書いた(そして消しちゃった)記事で「同族嫌悪」と書いたのは、
100%の完璧さでライティングされてない
プロによってあえて下手くそに撮影された
あの動画のことを思い出したからでもあります。