それがホントか知りません(だって見えねえしw)
でも単純明快に、僕の目にも観えることで考えてみました。
ほとんどの場合、月と星って「一緒」ですよね。
太陽が沈んで暗くなると、日中は「どこにいるんだ?」って状態の
「月」が「星」が輝きだして、存在感を発揮します。
蕪村の「月は東に日は西に」だって、毎日毎日そんな光景が
ありふれてたらわざわざ句にしなくてもいいし、現代まで
残らなかったかも知れません。
そういえばこの俳人は「与謝蕪村」なんですね・・・!?
伊雑宮の説「外宮が月の宮」だとすれば、
そしてヨサノミヤがあの神社だとすれば
伊勢外宮に勧請前の、月の神さまがもともといらした場所です。
(金井南龍の伊勢の五十鈴クシロではこの神社があの神社のようです)
この俳句が消えないように頑張っちゃった集団がいたような陰謀気分に?
伊勢の「日の宮」(伊雑宮的には「星の宮」)と、月の宮(伊勢外宮)は
歩いていける距離にあります。これを「日月そろっておめでたい」
と捉えることは可能でしょうが、実際の天空では「日が消えた状態」で
ようやく輝くことを許される「月と星」になります。
天空をそのまま転写すれば、「日」だけがポツンと一軒宮にあるのは
なんだか理にかなってるなあと思ったりしました。
(それも最も太陽に相応しい「伊勢から見て東南」に位置していますね)
僕は別に「伊雑宮中心で祭りなおせ!」と言いたいわけじゃないです。
基本的には「どーでもいい」です(笑)興味本位の好奇心100%ですが、
ただこんな事を書いてたら、金井(南龍)家が導いた山奥のお寺にある、
ある人のお墓の中に「旧事本紀大成経の封印された一部がある」って
伝説を思い出して、いつになったら僕みたいな遊び半分な人間でも
ネット経由で?閲覧できるような時期が来るんだろうなあ~と、
なんだかヤバい世界情勢。そして「J」の大混乱を見て思いました(笑)