でも久々に心の通った出来事で良かったけど、それに「ついでに」
紛れ込ませるように「ぷるでんしゃるがどうたら~」は、たとえば
都市伝説ブームを意図的に広めたようなクラスターが裏に隠れてる
みたいでちょっと不快だった。
誰かが「今後は宗教の時代になっていくんだろう」とツイートしてて
その誰かからの返答で「その流れに可能な限り抗ってみたい」とあった。
なぜかとても印象に残ってる。ヒネクレモノである自分も出来るだけ
その流れに逆らいたいタイプなのかもしれない。
僕には意図的にみえた都市伝説ブームはその流れをスムーズに進める
勧めるための行為なんだろうなあと思えたので「ちょっと不快だった」
んだと思う。
僕は新興信仰を信じてないけど、そういう信者を傍目から見てると
YEAH~!ヤスが言ったという言葉を思い出す。
人々は重荷を背負って遠き道を、ついでに山道を登ってるのかも知れない。
そんなとき隣りに同じ信仰の人がいて大変そうだ。とりあえず自分の荷物を
横に降ろしてその人の荷物を背負ってあげたら大変感謝された。
なんだか生まれて初めての充実感を得られた。でも途中で飽きてきたので
それに感謝の言葉も聞こえなくなったので「自分の荷物は?」と思ったら、
なんと登ってきた地点からコロコロころりん!?自分の荷物は山の麓まで
転げ落ちていた(笑)
また麓に戻って1からやり直し・・・そうしたら今度は同じ信仰の誰かが
代わりに背負ってくれた!でもその他人は最後まで(山頂まで)背負って
くれるわけじゃない。しばらくするとまた自分の荷物は返却される。
さっきまで親切だったその人は周囲をキョロキョロしてる。自分の荷物が
見当たらないようだ。
(バカだなあ。あんたの荷物はコロコロ落ちて山の麓にあるのにw)
それでも感謝は感謝で返さないと・・・あっあの人の荷物重くて大変そう!
僕には新興信仰の人たちが自分の荷物は「ちょっと横に置いといて」
他者からの感謝という得難い体験のおくすり中毒になってる快楽クラスター
に見えます。
ノミクスさんやHIGH市さんみたいな目立つ対象、トップ的な存在からの、
永遠に返ってこない感謝の言葉を期待しつつ?も彼らのちっぽけな幸せなの
かもしれませんね。
過去の(真っ当な?)宗教の人は自分の荷物を下ろすことなく、一種の
気まぐれで他人の荷物も同時に背負ってくれてたのでは?
それが現世利益や病気治しみたいな行為で、それはあくまで気まぐれな
行為だったはずが「それが第一義」みたいにイメージ形成化されたことで
宗教がおかしな方向に行ってしまった?
いちばん大切なことは自分の荷物を背負ったまま山頂にたどり着くことで
他人の荷物は長い道のりを制覇するための「ついでのおまけ」の筋トレ
それがいわゆる「宗教」の初期だった気がします。
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とかなんとか自分の意見みたいな顔してるけど、誰かさんが過去に言ってた
「一人一宗」にカブれてるだけかな?(笑)
僕は様々な聖人から都合の良い上澄みだけをすくい取りたいタイプなので、
あんま修行的なこと(人生)はしたくないなあ~が本音の部分です。




