「確か東北のどっかのお寺と縁があったよな・・・」と思い出して
ツラツラとリンクリンクのネットサーフィンしてたら、
「だんぶり長者」に行き着いた。その長者の屋敷は米代川の「源」に
位置してるらしい。「なんか支配してるみたいだなあ」と思ってたら
浮かんできた今回の妄想(記事)
もしかしたら三英傑のバックには(封じられた存在?)ニギなんとか
がいて、三人はその感情の吐け口みたいな部分もあったのかも知れない。
そのマウンティングとして機能してたのが光秀利休天海だった?って
以前に書いたけど、上記の話を知ると王仁三郎の「十和田湖」の主を
争った「八郎太郎」「南祖坊」にスライドできるのでは?とかなんとか
辻褄合わせが出来るような出来ないような妄想をいつの間にかしていた。
登場するポイントが共通してたからかもしれない。
もしかしたらこれらの神話のポイントと秋田にある物部系のあの神社と
絡めれば(たとえば魔方陣とか?)何らかの発見ができるのかも知れない。
(めんどいからやんないけど、笑)
だんぶり=トンボらしいけど、そこから秋津島ってリンクを妄想しても
いいのだろうか?
その記紀神話を利用した?マジカルを補強する一面を持った王仁三郎の
語った新しい神話って解釈は可能なのだろうか?(ってそんなの知りません
よね、笑)
天台宗がディープに浸透してるらしいだんぶり長者の話だけど、
そのアフターとしての王仁三郎という聖師さまって見立ては?
天台宗で思い出したのが EQUAL「潮風の酒天童子」という魔方陣
Part Ⅱではその総本山「比叡山延暦寺」が出てくる。なんか面白い
つながりが隠れてそうな・・・?
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一時期熱中していた魔方陣ブログのスタートでこんな画像を載っけていた。
太子と守屋だ。守屋&太子だ。こんなミラクルなふたりすら客観視した
第三者の立場で(きわめて無責任に、笑)あれやこれやを眺めていたい。
という人間が書いたこんな今回の記事(妄想)になる。
その魔方陣ブログの最初にこんなことを書いていたようだ。
ベイブリッジという橋の下をくぐっています(実物はかなり大きいんですが)
こんな桁外れの聖人たちよりも高く架かる橋が青森に?
(決してマウンティングじゃないよ、笑)






