そのYouTube動画を(いつもありがとうございます)観てたら、
70種類の神さまの一覧表が載ってた。
個人的に注釈やカラーリングを加えたのが上記の図だけど、
緑が地系の神 赤が天系の神 そして青がその中立とされる神らしい。
この神々のどれかが人間ひとりひとりを守護してるというのが
小房おばあちゃまの神示に書かれた主張みたいだ。
この神示の天系・地系を、日本神話の天つ・国つにスライドさせても
大きくは間違ってはいないと思われる。
僕が見て感じたのは「ずいぶん天系の神が多いなあ」って印象だった。
確か南龍氏も「天系を継いでる天つ系の人間はかなり少ない」って
言ってたのに、神さまだとこんな多いんだなあと思った。
その疑問をムクムクと大きくさせて、個人的勝手にこの神示を、
兵庫のタカラの「ヅカ」に例えてみれば、
「便宜的に」天系を「男性」地系を「女性」と例えてもいいのなら、
肝川神啓的な世界の男性も女性も「実はどちらも女性?」
舞台の演出や脚本家や会社の経営は(よく知らないけど)男性が多そう
だと想像できる。つまりそちらサイドが本当の意味での「男性」?
さっきの一覧表のカラーリング的には「赤も緑も女性」EQUAL国つで、
厳密に言えば「青の中立的な神しか男性」 EQUAL天つは存在しない
のでは?という毎度毎度の勝手勝手な思いつき(笑)EQUAL妄想になる。
数冊しか読んだことないミッシーマの小説「美しい星」だけど、
ざっくり言うと「いい人」「悪い人」が出てきて、それが天つ国つに
分類できるのでは?と以前に書いた記憶があるけど、それは肝川神啓
では成り立つ世界観だとしても、今回の「ヅカ理論」だと男装の女装の、
結局はどちらも女性という地系が演じる、国つの夢芝居?
小説ではなんかフワ~ンとした感じの金沢の男性が現れた記憶が
あるけど、あれが本当の意味での天つ男性(その成れの果て?)
だったのかもしれぬが、今ひとつ確信は無し。
普通サイズの人間がミッシーマを簡潔に(いかにも俗っぽく?、笑)
表現すれば「アイツは男の中の男を目指してたんだぜい~」ってことに
なるのだろうか?なぜかそんな気がする。
日本神話ではとても便利な「別天つ」って神様(言葉)が在るけど、
ミッシーマの目指したエリア「男(天つ)の中の男(天つ)」という
「別天つ」から見たら、その下に広がる天つも国つも同じようなもん
という(どことなくニヒルな?)特別な視線があの小説の裏テーマ
としてコッソリ読み取れないだろうか?
豪雪の中、どっかのマヌケなオバハンが開催した寒い選挙2026も
いい人悪い人に判別することなく、別の視線から眺めてみたいもの
だが、僕には無理そう(笑)せめていい夢悪い夢に溺れることなく
客観という第三の?(クールな青い?)視線は持ち続けていたい。






