それで思いついた心もとない妄想
金井南龍氏はあくまで便宜的に
「カミを5次元・眷属を4次元・ヒトを3次元」に当てはめていた。
これを大本の霊界物語にリンクできないのか?と思った。
「三五教」って数字に、
つまり眷属というワンクッション無しの世界観を感じたわけだけど、
南龍氏は4である眷属もひとつのクラスターとして集合すれば
「5であるカミになれる」と心優しい発言もしていた気がする。
僕が眷属の立場だったら「なんかそっちのほうがイイ感じかも?w」と
ストレートに(短絡的に)思っていたのかもしれない。
眷属自体が「いつかはカミに・・・」という、もしかしたら無謀な願いを
持っているとしたら「三五」という眷属なき世界はひとつの「理想郷」
「完成形」なのかもしれない。
それなのにそれなのに
ヒトサイドが「ご利益~ご利益~」と御眷属の足を引っ張り続けるから、
そんな理想形が成り立たないんだろうな・・・
とかなんとかキレイ事を言いつつ、金井氏の発言に出てくる、
一種の「4」である「御蠱の蠱神」の「ご機嫌取り」にいそしむ
庶民がひとり(笑)
そんな、御蠱の「蠱神」 稲荷の眷属「狐霊」
どちらも「コ」なのは偶然じゃなくて何らかの意味があるんだろう・・・
こちらも最初に書いたあるYouTube動画を見ながら思いついた妄想。
どっちの9も「10・十」の前段階である「9」なんだろうと思ってるけど、
その「9」とさっきの「4」ふたつを折衷?した位置にポイントされる
「4.5」がなんらかのナンラカを持っている気配を感じて、個人的勝手に
注目してる庶民がひとり(笑)
(数字だけでとらえると四捨五入すると「5」というカミ?)
(さらに「3」のヒトがいない世界観になるな、笑)