「プラス思考・マイナス思考」できればプラス思考で生きていきたい・・・ものですが、
そう簡単ではありません。
僕は日月神示を信じる、というよりは解読したいと願ってる人間
なんですが、そんな人間の妄想力では、先ほどの
「プラス思考・マイナス思考」とか、すでにダサダサで、
これからの時代は、それをステップアップさせた
プラス思考から「タイムズ思考」
マイナス思考から「プラス思考」
そんなフェーズに入るのでは?と思っています。
なんでこうなるのかは、自分でもよくわかりません(笑)
「日月神示を解読してたら、なぜかこう思うようになった」と
しか書けません。
魔方陣ブログの↓これ↓とかを経由した思いつきかもしれません。
それは個人で選ぶ生き方の方向性というより、
「そんな世の中に変えられてしまう」と言ったほうが正しいのでしょうか。
「×(かける)」の世界で生き残れるのは、少なくとも「1」以上の人間
小数点以下だと元々の数字より小さくなってしまうし、マイナスなんて
とんでもない!その存在すら許されない。
正確な例えじゃないですが「父性的」な厳しい世界なのかもしれません。
「+(足す)」の方がまだマイルドで、小数点以下でも、たとえマイナス
でも、若干なら許される。「×」に対するセーフティネット的な
「母性的」な世界?
そんな世界でも大きなマイナスから離れられない人間は、
強制的に別の「マイナス」と「×」かけ合わされて、プラスに矯正される。
王仁三郎が言ってた「悪同士を戦い抜かせる」みたいなニュアンスで
しょうか?
プラスマイナスより厳しいけど、完璧っぽい思考法で生きていく
(生きて行かされる)のが、これからの人間のサダメだったりして?
なんて思ってるわけです。
「日月神示にそんな事、書いてないよね?w」と言われそうですが、
そう思っちゃったんで仕方ない、しょうがないです(笑)
いつも邪魔っけだった「マイナス」が一掃されそうな時代になるのは
喜ばしいのかもしれませんが、柔らかい心を持ったデリケートな人たちに
とっては、もしかするとキツくて、辛い世の中になるのかもしれませんね
・・・
記号的には「+」&「‐」から「×」&「+」になると思ってるわけですが、
なんだかデジャヴ?と思ったら、
装束の仕立てには「山科流」と「高倉流」があり、
天皇と皇太子だけが山科流、
その他は「高倉流」の仕立てとされます。
そんなツイートを思い出しました。
皇族が着る装束の襟元に糸で縫われたバッテンみたいな模様が付いてる
そうですが、山科流が「+」高倉流が「×」と決まってるようですね。
さらにもうひとつ思い出しました。
島根県の荒神谷遺跡には、358本の銅剣を丁寧に並べて埋納していたが、
そのうち344本には「×」印を刻んであった
(出雲王家のシンボルという説もあるそう)
皇族の御装束も、さらには出雲王家も、かける×記号が生まれる前の産物
なので全くの偶然100%ですが、なんの因果か 「×」のランクの違いが
面白いと思いました。
天孫サイドは「+」>「×」みたいな価値観がうっすら透けて見えますが、
これが天孫の「+」>出雲王家の「×」までスライドできるのかどうかは、
分かりません。
そもそも、僕の個人的勝手な妄想、「+と‐」から「×と+」に移るのでは?
それ自体が、ほとんど誰にも賛同は得られそうじゃないですが、
なんとなく僕にはそんな時代がある種の“強制”を伴ってやってくるような
気がしています。
※ タイトルの「ナウい」ですが
「現代的」「流行に乗っている」などを意味する俗語。
英語の「NOW」を形容詞化したもの。そんな言葉です。
「ナウい」 「ダサダサ」とか、あえて古めの言葉を使って記事を
書いてみました(^^)※