1989~2002年までやってて時々観てましたが、面白いテレビ番組でした。
番組の初めにヒロシ(関口宏)のナレーションだったか忘れましたが、
「彼はネンキンに興味を持ち・・・」って言葉が聞こえてきて
「年金に興味?変な人だなw」と思ってたら、それは「年金」じゃなくて
「粘菌」でした(笑)
(ちなみに「変な人」は「南方熊楠」でした)
この「ネンキン」の勘違いは、なぜか不思議ですが
今でも記憶に残っています。
その当時はアーリオ―ンやら金井南龍なんて全く知らない時代でしたが、
この熊楠の「粘菌」に組み合わせることが出来るのでは?というのが
今回の妄想です。
日本(東洋)と西洋の「個」の概念についてこんな事を話してたそうです。
たくさんの人間で構成されてるのに、ひとつの「面」として成り立っていた
東洋的な認識方法は「面」であって、西洋的なそれは「点」であると認識して欲しい。
東洋、特に日本の場合、個人は「面」も位置要因であって「点」ではなかった。
西洋では、個人は「点」であって、集合してもやはり「点」の集合でしかなく、決して日本的な「面」に成りえないものだ。
たくさんの人間で構成されてるのに、ひとつの「面」として成り立っていた
と言ってるようですね。
金井南龍氏の方は「集団神秘主義」という事を話していたそうで、
金井南龍氏の方は「集団神秘主義」という事を話していたそうで、
たとえば、雄略天皇が大和の葛城山へ行列を組んで行った時、一言主神の間に集団ウケヒといったものが発生しているんです。あれなんかたいしたものですよ。この集団神懸り発動というのはシャーマニズム研究で有名なエリアーデにもないんです。
ということは日本はすごいんです。八紘一宇なんてスローガン掲げますとね、
まぁ、向こうさんは相手してくれなかったが、
国内は一応集団的に結束させられました。単細胞の私などは真っ先に……。
精神的なことだけじゃなくてスピリ的な世界でも集団がひとつになる才能を
持っている日本人の特異性?について話してるような気がします。
↓粘菌のGoogleのイメージ検索結果です。↓
キノコのようなものから胞子が撒かれて、そのひとつひとつが増殖して
「粘菌アメーバ」に成長。そのたくさんのアメーバが集まって合体すると、
目に見えるくらい大きな「変形体」と呼ばれるものに。
一匹のナメクジのような変形体は、生育するために細菌を食べたり
良い環境を求めて移動した後、最初のようなキノコやカビのような形態
になって、ふたたび胞子を撒き散らす・・・
個々の「粘菌アメーバ」合体した後のナメクジのような「変形体」
どっちが本当の粘菌なのか?
これがなんだか「上記のふたりの発言と繋がってるような気がしちゃった」
というのが今回の記事でございます。m(_ _)m
もしかすると南方熊楠大先生も、粘菌という存在の向こうに
「日本人の姿を見ちゃったのでは・・・?」
なんて、個人的勝手に妄想しちゃってスイマセンって感じですが、
なんだか日本人と粘菌って似てるような気がします。
「粘菌人種・日本人・・・素晴らしいですね」で終わってもいいんですが、
ひねくれ者の自分はなんだか反抗したい気分になってしまいます(笑)
もうひとつヒロシ(関口宏)の番組「クイズ100人に聞きました」も
懐かしい番組ですが、あれも多数意見=大量得点という変形体の優位性を
コッソリ宣伝してたのかもしれない?と、うがった見方をしてしまいます。
それでも勝負が拮抗してるハラハラ・ドキドキの場面では
たった数人の少数意見によって、勝敗がひっくり返ることがありました。
それが面白さを生んでいたのは間違いないと思います。
でもしかし、さらに巧妙?(笑)になった平成令和のテレビジョンでは、
仲良しこよしな出演者全員が、同じ解答をしたら「問題クリア」みたいな、
シラ~っとしたぬるま湯パラダイスみたいな世界が繰り広げられていたよう
です。(家族にA・RA・PIの大・大・ファンがいたもんで、笑)
背後のテレビから聞こえてくるどっかの宗教信者みたいな統率の取れた
歓声に対しても「なんだかキモチワリw」と感じていました。
これってバラエティ番組に見せかけた、立派な教育ですよね?
この他にも「◯◯すぎる」「この道しかない」って流行のワードも、
自然発生に思えない「どうせ電通あたりの仕掛けじゃねえの?」
と思ってしまう、陰謀論者のワタクシでございます。
結局、仕掛け人たちが言いたい(洗脳したい)ことはたったひとつだけで、
「お前たちは粘菌アメーバじゃないんだ、永遠の変形体なのだ」
「少数意見とかアレルギー反応を起こした細胞みたいなものだからw」
そんなふうに妄想してしまう今日このごろでございますが、
みなさまいかがお過ごしでしょうか?(笑)
ネットをうろつくウヨウヨワンコたちですが、
最近のターゲットは今回のヒロシみたいですね。
日曜朝の報道番組が政権与党の「お気に召さない」論調なのが
唯一の原因らしいです。でも彼らワンコの中心になってる世代は、
過去の幸せな記憶の中に「ヒロシの番組」が、ひとつふたつ含まれてる?
そんな世代だと思います。(わくわく動物ランドもそうですよね)
「どうせ二度と戻ってこない幸せな時間だったら、完全に消去してしまえ」
なんちゃら党からの依頼に応えてるためにそんな心理学とかも駆使してる?
まさかそんな外道なことはしてませんよね?たとえばデンツーさんとか?
なんだか話があさっての方向に行っちゃいましたが、
「ネンキン」の思い出から、EQUAL日本人を探ってみました。
以前発表したアーリオーンと「君が代」が似てる
(ついでにニューワールドなんちゃらとも?)
って記事に近しいのかもしれないですね。
確かに集団の中での「一体感」状態は魅惑的で、誘惑されちゃう気持ちは
十分わかりますが、永遠にそれが続くのは一種の不健康で奇形?みたいな
状態なんじゃないか?
「“個”の状態も忘れたくないものだ」と個人的には感じています。